
東京のベッドタウン、東京メトロ東西線行徳駅。ミッキーの街、浦安の隣町となるこのエリアは、此れと言って何があるわけでもなく、地味な街だ。メジャーどころのファストフードチェーンはそこそこあるし、「鳥貴族」や「串カツ田中」も出来たことだし、暮らしやすいというか、まあ一般的って感じ。東京都のような千葉県の行徳は、都心に満員電車に乗って仕事に行き、満員電車でまた寝に帰る、まさにベッドタウンの象徴みたいなところ。
とまあ、この街に昭和の時代から、大将と奥様で暖簾を守ってきた鮨屋がここ「鮨作」。都内の高級寿司店で修行をして独立、この地で長年やってきた。カウンター には、地元の不動産屋の社長やら市会議員をはじめ、いわゆる裕福そうな常連客が夜な夜な暖簾をくぐりやってくる。しかし、銀座や赤坂などの気負った感じやセレブ臭はせず、いたって普通の近所の親父達といった感じが、またこの街にマッチしているように思える。「今宵もいつものやさしい笑顔で、日本酒片手にのんびり営業を始めるマスター」
食べログやらネット集客をしないというか、興味がないのであろう。40年以上も営業していると、今更ジタバタしないといった貫禄というか、余裕を感じる。実際、店の周りにはいわゆる「回転寿司」も乱立している中、「家族連れはそっち行くよねぇ〜。そういう時代だから」と、コップ酒をチビリと啜る。
カウンターで他愛のない世間話をしながら、ビールとつまみに始まり日本酒と握り、お椀で〆る。やはりいいな「地元の鮨屋」の心地よさは。そんなこの店も、老朽化によりこの夏を待たずに閉店を迎えることになるようだ。
「他の場所で?もういい年だし引退だよ、建物じゃないけど、体もガタきたしね」
時代の流れとはわかっているものの、なんとも寂しい気がしてならない。
ガラガラと店の扉を開け、左手で暖簾をあげて店を出ると、いつものように女将さんがやさしい笑顔で見送りをしてくれた。
照れ臭いので、聞こえない声で言った。
「ごちそうさま、そして長いことありがとうございました」